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大阪地方裁判所 昭和56年(わ)5558号 判決 1982年5月04日

主文

被告人を懲役六年及び罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、長尾幸夫及び大韓民国在住の李某らと共謀のうえ、営利の目的で、覚せい剤を同国から本邦内に密輸入しようと企て、

第一  被告人が昭和五四年五月二一日ころ渡韓し同月二四日ころ同国から空路帰国するに際し、同国において右李らが、フェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤粉末結晶約三キログラムを同国製飾り棚内に隠匿し、これを別送品航空貨物として本邦に向けて発送する手続をとり、同月二六日ころ、日本航空JL九六二便で大阪府豊中市螢池西町三丁目五五五番地大阪国際空港にこれを到着させ、もって覚せい剤を輸入し、

第二  右長尾が同年六月二一日ころ渡韓し同月二四日ころ同国から空路帰国するに際し、同国において右李らが、前同様の覚せい剤粉末結晶約三キログラムを同国製飾り棚内に隠匿し、これを別送品航空貨物として本邦に向けて発送する手続をとり、同月二八日ころ、日本航空JL九六二便で前記大阪国際空港にこれを到着させ、もって覚せい剤を輸入し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(累犯前科及び確定裁判)

被告人は、(1)大阪地方裁判所で(イ)昭和五一年六月二八日、覚せい剤取締法違反、窃盗の罪により懲役一年六月、三年間執行猶予(同年一二月二四日右猶予取消)に、(ロ)同年一一月二四日、道路交通法違反、覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年にそれぞれ処せられ、昭和五二年七月二六日右(ロ)の刑の、昭和五三年一一月二七日右(イ)の刑の各執行を受け終わり、(2)昭和五六年二月一七日同裁判所で、覚せい剤取締法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の罪により懲役四年及び罰金五〇万円に処せられ、右裁判は同年七月一一日確定したものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条に該当するところ、右各罪と前記確定裁判のあった(2)の罪とは刑法四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪について更に処断することとし、情状によりいずれも各所定刑中有期懲役刑及び罰金刑の併科刑を選択し、以上の各罪は前記(1)(イ)(ロ)の各前科との関係で再犯であるから、いずれも懲役刑につき同法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、なお、右各罪もまた同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役六年及び罰金六〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の事情)

本件各犯行は、暴力団の組員である被告人及び長尾幸夫が、覚せい剤取締法違反の罪で逮捕された被告人の兄貴分にあたる暴力団幹部のために、その保釈金や弁護士費用等を捻出し、あわせて自らも利得する意図のもとに、李某らと共謀して行った営利目的の輸入事犯であり、被告人らが韓国から輸入した覚せい剤の量は、今回起訴された分だけでも約六キログラムの多量にのぼるうえ、そのほとんどが既に多数の暴力団関係者らに売り捌かれており、本件各犯行が社会に与えた害悪は計り知れない。しかも、被告人は、これまで覚せい剤取締法違反の前科が二犯あるうえ、本件各犯行においても、輸入した覚せい剤の売捌き及び売却金の保管を担当し、判示第一の犯行においては覚せい剤買付けのため自ら渡韓するなど、中心的な役割を果し、本件各犯行にかかる覚せい剤約六キログラムと本件各犯行の前後にわたり同様に被告人らによって韓国から輸入された覚せい剤計約五キログラムとの合計約一一キログラムを売却して得た利益の中から少くとも一七〇〇万円以上を取得したものであり、その刑事責任はまことに重大である。

しかし、被告人は、今回暴力団との関係を絶つなど反省の態度を示していること、被告人の妻が貧血症の身で乳児をかかえて被告人の社会復帰を待っていることなど被告人に有利と思われる一切の事情のほか本件各罪が、これと併合罪の関係にある前記確定裁判のあった(2)の罪と併合審理された場合の被告人の利益をも考慮して、主文のとおり量刑した。

(弁護人の主張について)

弁護人は、(1)被告人に対する前記確定裁判のあった(2)の罪の審理(以下前回の訴訟という)がなされた際、検察官は、冒頭陳述及び論告において、右罪のうち覚せい剤取締法違反の罪にかかる覚せい剤は、被告人が本件各犯行を含めて前後四回にわたり韓国から輸入した覚せい剤合計約一一キログラムの一部であると主張し、証拠として本件の証拠から長尾幸夫の各供述調書を除いたその余の証拠を提出していたものであるから、実質的には前回の訴訟において本件各犯行がその審理の対象とされていたものであって、本件公訴事実は、前回の訴訟における公訴事実と実質的には同一である、(2)仮にそうでないとしても、被告人は、前回の訴訟係属時に既に本件各犯行を詳細に自白していたから、右訴訟終結までに被告人に対し本件各犯行につき公訴提起が可能であったにもかかわらず、検察官は、右訴訟の終結時に追起訴はない旨言明しながら、前回の訴訟の判決が確定した後に本件各犯行につき公訴を提起したのは、いたずらに被告人を動揺させるものであって、公訴権の濫用であるから、いずれにせよ本件公訴は棄却すべきであると主張するので、以下右主張について判断する。

一  公訴事実が実質的に同一であるとの主張について

前回の訴訟につき大阪地方裁判所が作成した判決書の謄本によれば、同訴訟における公訴事実は、(1)昭和五四年六月一七日ころの田渕義秀に対する覚せい剤約一〇グラムの代金一〇万円での営利目的譲渡、(2)同年八月一一日ころの山本徹に対する覚せい剤約一〇〇グラムの代金七〇万円での営利目的譲渡、(3)昭和五五年二月二〇日ころの後藤純吾に対する覚せい剤約一三グラムの代金一〇万四〇〇〇円での営利目的譲渡、(4)同月二一日ころの自動装てん式改造拳銃一丁及び実包七発の所持の四個であることが認められるところ、右各犯行はいずれも、本件各犯行とはその年月日及び内容を全く異にしており、併合罪の関係にあるから、本件公訴事実と前回の訴訟の公訴事実とが同一のものでないことは明白である。

たしかに、《証拠省略》によれば、前回の訴訟における検察官の冒頭陳述及び論告が、弁護人主張の如き内容のものであったことが認められ、また、本件各証拠の作成日付等によれば、長尾幸夫の各供述調書を除いて本件とほぼ同一の証拠が、前回の訴訟においても提出されたであろうことは認められるのであるが、前記判決書謄本によれば、前回の訴訟において裁判所は、右(1)ないし(4)の各事実を認定したうえで、被告人を懲役四年及び罰金五〇万円に処したことが認められるところ、右(1)ないし(4)の犯罪の内容及び被告人には前記前科があることに照らせば、右量刑は、右(1)ないし(4)の事実に即したまことに妥当なものというべきであって、本件各犯行を含む覚せい剤合計約一一キログラムの輸入の事実をも処罰する意図でなされたものとは到底認められないから、前回の訴訟において右輸入の事実が実質的な審判の対象とされたものでないことは明白である。

二  公訴権の濫用の主張について

本件各証拠によれば、被告人が、前回の訴訟の係属時に既に本件各犯行についても詳細な自白をしていたことが認められるが、本件各犯行が、長尾幸夫との共謀に基づく覚せい剤の輸入事犯であり、判示第二の犯行においては同人のみが渡韓したことに照らせば、同人を取調べない限り、右共謀の内容、本件各犯行における共犯者相互の役割分担や利益の分配等の重要な事実を解明することができないため、同人を取調べないまま被告人に対し本件各犯行につき公訴を提起することは著しく困難であると思料されるところ、右長尾に対する逮捕状請求書、通常逮捕手続書の各謄本及び検察事務官作成の前科調書によれば、同人については前回の訴訟の係属中である昭和五五年八月六日に所轄の警察署から逮捕状の請求がなされ、右訴訟につき控訴棄却の判決がなされた後である昭和五六年六月一四日に同人が逮捕されたことが認められるから、前回の訴訟の係属中に被告人に対し本件各犯行につき公訴を提起することはできなかったものであって、公訴を提起することができたにもかかわらず、あえてこれをしなかった旨の弁護人の主張はあたらない。

従って、前回の訴訟において検察官が追起訴をしない旨述べたとしても、それは同訴訟においては追起訴をしないという意味に理解するのが相当である。また、本件各犯行は判示の如く多量の覚せい剤を営利目的で輸入した事犯であるから、必要な証拠の収集が、共犯者の逃走というやむをえない事情により遅れたことをもって、被告人に対する公訴提起を断念することは、社会正義に反することにもなる。

してみれば、本件公訴の提起は、やむをえない事由に基づき前回の訴訟の判決確定後になされたものであって、検察官の恣意的な公訴権の行使によってなされたものでないことは明らかであるから、本件公訴の提起が被告人に対し少からぬ精神的動揺を与えたことは推認するに難くないけれども、右公訴の提起が公訴権を濫用したものであるということはできない。

三  以上説示したとおり、弁護人の前記主張はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野孝英 裁判官 楢崎康英 河合健司)

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